生産活動の持続可能性分析

生産活動の持続可能性分析

ここでは、本研究室が取り組む生産活動の持続可能性分析の例を2つ紹介します。

中国石炭火力発電所の持続可能性分析

まずは、中国の石炭火力発電所をテーマにした持続可能性分析の例についてです。

中国の石炭火力発電部門は、大量のCO2排出の温床として知られています。実際に、2019年の国家の総CO2排出量の約50%は石炭火力部門由来とされています。

また、中国の石炭火力発電部門は大気汚染問題を緩和するためにも重要な部門の一つです。これは、発電所が人口密度の高い都市部に近接して建てられることが多いためです。発電所の煙突から排出された様々な大気汚染物資(PM2.5など)は、近隣住民の肺や気管支に入り込み、肺がん等の深刻な健康被害を誘発するとされます。

これらの点を踏まえ、我々の研究チームが行ったのは、中国の石炭火力発電所の生産活動における全要素エネルギー生産性(※後述)を向上させると、どの程度のCO2排出や大気汚染による健康被害の緩和効果が得られるかについての推定です。

ここで、全要素エネルギー生産性とは、経済学の生産理論における生産性指標の一つです。例えば、経済学で有名な生産性の指標としては労働生産性(生産量を労働投入で割ったもの)や資本生産量(生産量を資本投入で割ったもの)があります。これらの生産性指標は、特定の投入要素の単位消費当たりの生産量(産出)の大きさを評価する指標です。

全要素エネルギー生産性とは、(簡単に言えば)これらの生産性指標と同じように、生産量をエネルギー消費量(つまり、石炭投入量)で割ったもののことなのですが、これに加えて、その他の生産投入(労働や資本)要素(つまり、全要素)の影響も加味された少し特殊な生産性指標のことを指します。

我々が経済学、数理科学、大気化学、疫学等の様々なアプローチを組み合わせて推定を行った結果、中国の石炭火力発電所の全要素エネルギー生産性が向上すると、同由来のCO2排出量は19%、大気汚染による健康被害(早期死亡者数)は40%程度削減することができることがわかりました。

これらの研究結果を踏まえて我々が主張したいのは、発電所を取壊したり高コストな二酸化炭素回収・貯蔵技術を導入したりせずとも、非効率性を解消するだけで比較的大きな環境・経済的ベネフィットが得られるということです。

再生可能エネルギーへの急激なシフトは、雇用問題や建設コストが埋没費用(サンクコスト)になってしまうといった社会経済的な問題を引き起こすことが懸念されます。従って、生産効率性(全要素エネルギー生産性)の向上は、中国の石炭火力発電所が持続可能性を追求するための有効な手段の一つであると言えます。

分析の詳細については、以下の論文①や②をご覧ください:

論文①:Nakaishi, T., Kagawa, S., Takayabu, H., Lin, C., (2021). Determinants of technical inefficiency in China’s coal-fired power plants and policy recommendations for CO2 mitigation. Environ. Sci. Pollut. Res. 28, 52064–52081. https://doi.org/10.1007/s11356-021-14394-4.

論文②:Nakaishi, T., Nagashima, F., Kagawa, S., Nansai, K., Chatani, S., (2023). Quantifying the health benefits of improving environmental efficiency: A case study from coal power plants in China. Energy Econ. 121, 106672. https://doi.org/10.1016/j.eneco.2023.106672

日本の食品部門の持続可能性分析

次に、日本の食品部門の持続可能性分析についてです。

現在、日本では「食品ロス」が社会問題となっています。食品ロスとは、まだ食べられるのに廃棄されてしまう食べ物のことです。日本での食品ロスの原因には、食品工場、スーパーやコンビニ、レストランなどでの売れ残りや廃棄(事業系食品ロス)と、家庭での食べ残しや廃棄(家庭系食品ロス)の2つがあります。農林水産省によると、日本の年間の食品ロス量は600万トン以上とされ、これは東京ドーム約5杯分に当たり、国際連合世界食糧計画による食糧援助量の約1.6倍の数字です。

事食品ロスを抑制するためには、①過剰な消費を控える(発生抑制/リデュース)と②飼料や肥料等としての再利用(リユース/リサイクル)の2つの方法がありますが、我々はこのうちの②に着目した研究をこれまでに行ってきました。

我々がまず着目したのは、パンやインスタントラーメンといった食品の製造工場やスーパーやコンビニ、レストラン等で発生する食品残渣を、豚や牛といった家畜の飼料として再利用する取り組みです。日本では、この取り組みのことを「エコフィード」と呼んでいます。

我々はこのエコフィードのリサイクル製造企業(2社)と合同で研究を行い、エコフィードの生産活動における過剰な材料・エネルギー投入の有無や最適な生産規模についての定量的な分析を行いました。その結果、エコフィードの生産活動をより効率的に行うには、回収する食品残渣の質を向上させ、生産規模の最適化(主に拡大)することが重要であることが明らかになりました。さらに、新型コロナウイルスの影響で飲食店からの食品残渣の回収量が減少したリサイクル企業の生産効率は悪化しており、政府は飲食店だけでなくこのような最下流のリサイクル企業にまで持続化給付金を届けることが重要であることもわかりました。

分析の詳細については、以下の論文③をご覧ください:

論文③:Nakaishi, T., Takayabu, H., (2022). Production efficiency of animal feed obtained from food waste in Japan. Environ. Sci. Pollut. Res. 29, 61187–61203. https://doi.org/10.1007/s11356-022-20221-1

次に我々が着目したのは、家庭から排出される調理用油を回収して「バイオディーゼル(BDF)」というトラック等で使用されるディーゼル燃料として再利用する取り組みです。

植物由来の燃料であるバイオディーゼルは、カーボンニュートラルな燃料源として知られており、地球温暖化問題の解決に貢献できるだけでなく、食料自給率やエネルギー自給率の向上にも貢献できる、我々(日本人)にとって非常に有益なエネルギー資源です。しかしながら、輸入された化石燃料由来のディーゼルとの価格競争が年々厳しくなっており、近年、多くのBDF製造企業が事業継続を断念することを余儀なくされています。

そこで我々は、日本のバイオディーゼル製造企業の35社分のデータに同様の経済・経営学的手法を応用することで、これらのリサイクル企業が生産活動を非効率性(無駄)を排除(最適化)した場合、それぞれいくらの生産コストの削減を実現できるのか、そしてそれが実現された場合、バイオディーゼルは市場の化石燃料由来のディーゼル燃料と比べて価格競争力を持つことができるのかを調査しました。

調査の結果、リサイクル企業が企業努⼒を重ねたとしても、バイオディーゼル燃料の⽣産コストは、現状の107円/ℓ 程度から平均で3.5円/ℓ 程度しか下がらないことが明らかになりました。競合の軽油燃料の平均価格が81円/ℓ(税抜き、調査時点)であることを踏まえると、両者の価格差は⼀⽬瞭然です。つまり、バイオディーゼル燃料の⽣産コストは通常の軽油に⽐べて⾼く、価格競争では太⼑打ちできません。日本政府は、より高額な炭素税の導⼊やバイオディーゼル燃料への税制優遇等の改革を実施する必要があると考えられます。

分析の詳細については、以下の論文②をご覧ください:

論文④:Ogata, M., Nakaishi, T., Takayabu, H., Eguchi, S., Kagawa, S., (2023). Production efficiency and cost reduction potential of biodiesel fuel plants using waste cooking oil in Japan. J. Environ. Manage. 331, 117284. https://doi.org/10.1016/j.jenvman.2023.117284